8月26日(月)
午前 3時00分
 息苦しさと寒さに何度も武者震いをしながら眠られぬまま朝を迎える。あの寒さは
          尋常ではなかった。あるものを重ね着し身体に布団を巻きつけるようにしても震えは
          止まらなかった。仲間も同じだったらしい。
ご来光をバックに撮った時には嶋谷君は御殿場頂上にいっており3人のショットになりました。
ご来光の写真は御殿場ルートの頂上で嶋谷君が撮影したものです。「みんなの力で登れたんだ」と
仲間は言ってくれますが、何といっても若くて元気な嶋谷君や準備のためエステに通った札埜君の
リードや励ましがあり、松好君との励ましあいがあっての事と感謝しています。
これからも大事を成し遂げた強い友情は忘れられないでしょう。
 最後に、我々の年代では富士山は簡単に登ることは出来ません。それなりの準備と想像以上の
覚悟が必要であることを申し上げてレポート終了といたします。
午前 3時30分 パックに入った簡単な朝食を受け取り身支度を整える
          が体調は以前回復していない。しかしあと1合、頂上は
          間近周りの人の出発につられるように頂上を目指し出
          発する。しかしここからが最大の難所。前もって知識は
          得ていたがそれ以上の辛さだ。出発して10分も経たな
          いうちから休憩が始まる。前日のように札埜君が私を
          サポートし、あとの二人が後続でサポートしてくれている。
          この時期、日の出は4時50分頃、なんとか間にあわせた
          い。余裕をもった出発時間だったが不安がつのる。
          頑張れとの励ましにも身体がついて行かない。岩肌を
          這いつくばるようにして最後の一段を登りつめ頂上の
          浅間神社の鳥居が見えた時には涙が出た。
頂上到達。昨日の一日分よりも苦しかった1時間の道のりだ
った。バンザイ、バンザイ、遂にやったという感じだった。
サポートしてくれた仲間に感謝の気持ちでいっぱいだった。
立ち止まった事での寒さや高度での苦しさは変わらなかった
が、身体の震えは念願の頂上を極めた喜びであっただろう。
ご来光を待つ我々に何度も登ったという若者は「頂上でのこ
んな天気は珍しい」というほど空は澄み渡り、我々の登頂を
祝ってくれているように思えた。5時過ぎにご来光を仰ぎ登頂
への感謝と帰路の無事を祈り下山をはじめた。
  泊  敬治(54歳)      札埜 健治(53歳)     松好 直樹(47歳)     嶋谷  徹(38歳)
    通称・貞やん        通称・貞YAN        通称・貞ヤン       通称・ジュニア 
               (あくまでも年齢順で体力には関係ありません)
午前 4時30分
  20002年8月26日(月)午前4時30分、夢にまで見た日本の
最高峰富士山頂上に立ちました。急勾配の岩肌を這いつく
ばりながらメンバーに支えられての登頂で、頂上の浅間神社
鳥居が見えた時は達成感よりもまず苦痛からの開放感が
先にこみあげてまいりました。
 富士登山は永年の夢でした。表題にある通り去年に続く
再挑戦です。去年は8月28日深夜の単独登山で疲労と寒さ
のため7合目で下山した苦い経験があるだけに、年齢から
考えても今回は最後の挑戦と覚悟を決めた登頂でした。
ちょっとしたハイキングの感じで登れると言う人もいますが、50を過ぎてからの登頂にはそれなりの
準備とそれなりの覚悟が必要とつくづく思い知らされた挑戦でした。面白おかしく書いて見たいと思い
ますが、そんなネタは何ひとつありません。以下は50を過ぎたおっさんの涙の富士登山の物語です。
2002年8月25日(日)晴れ
午前 6時00分 車に同乗して寝屋川を出発。枚方バイパスから京滋バイパスを
          経由し名神高速に入る

午前11時15分 東名高速富士ICを降り富士山5合目を目指す。途中コンビに立ち寄り食料を買い
          込むが、弁当が良い、いや、おにぎりが食べ易い、水分はお茶、いや、スポーツ
          飲料と、大の大人がまるで遠足気分。これからの辛さも脳裏をよぎることもなく、
          おでんの筋肉を何本も食べるものもいる(筆者)。4合目付近のレストハウスで昼食
          をとるが深い霧が立ち込め下の景色は見えにい。富士山麓でも場所によって天候
          がこんなに違うものかと思う。   
霊峰富士への再挑戦
上の写真は小屋の前で逢った東京から来たというギャル3人組に、
松好君が得意の話術で知り合い撮ってもらったものだが、元気も元気
海抜0メートルにいるのと何ら変わりはない。「今時の若い子と我々は
違うぞ」と間違った偏見を持っていた事を恥じる。それにしても松好君
のさっきまでの疲れはどうなったのだろう?。仮眠場所は腰を曲げて
歩く屋根裏、真中の通路もふくめて布団が敷き詰められている。薄暗
がりで何人が寝ているのかわからない。案内された場所で荷をほどき
横になるがなかなか眠れない。仲間は私が大きな声で寝言を言って
いたというが、そうではない。うとうとと寝かかると苦しくて眼が覚める。
とにかく酸素不足で苦しかった。後日、かかりつけの上田先生に「高度
に対する順応性が悪い体質なのだろう」と聞かされたが、そんな軟な
人間だったのかと思うと情けなかった。
          小屋の裏には落石防護壁があるが、そこで中年の夫婦らしきカップルが風を避ける
          ようにして携帯コンロで湯を沸かしカップ麺を食べている。気温は10度以下になって
          いるだろう。羨ましかった。後続に声を掛けるが小屋に阻まれてか応答はない。この
          まま待てばいっそう冷えて後続にも迷惑をかけると前へ進むことにした。仮眠を取る
          ための9合目山小屋まではまだ1時間はかかるだろう。予約の際に8時消灯なので
          7時に小屋に到着と云われていたが、もう7時になった。9合目山小屋『萬年雪荘』に
          到着するまで何回、いや何十回休憩したことだろう。札埜君は一度も座ることは無
          かったが、私はところかまわず失態をさらけだすような休憩だ。9合目の山小屋に
          たどり着いたのは午後7時45分。ここで幾分気力を取り戻し後続を確認するがヘッド
          ランプの灯りが見えるだけで声は届かない。
     
                       いよいよ登山開始。リュックの中は万全を期しての装備だが
                       負担のかからないように軽くしたつもりだった。しかし、ゆるや
                       かな稜線を登るだけの6合目で早くも肩に食い込む感じがする。
                       6合目から上の登りはは一転して荒々しいジグザグの登山道
                       にかわる。砂礫を踏みしめながら一歩々登って行く。7合目で
                       途中買ったおにぎりを食べて小休止。うまかった。まだ少し余
                       裕がある。7合目までは去年通った道、いくぶん先輩風を吹か
                       しながらの先導だったが7合目から上は未知の世界。ここから
                       が大変だった。だんだんと足は重くなり高度が上がるにつれて
                       空気も薄くなる。持ちこたえれるものとたかをくくっていたが、
                       時折使う酸素ボンベも効果は感じられない。松好君は心臓に
          持病があり苦しいというが、私はそれ以上にバテが身体中に回って来た。7合目の
          上は元祖7合目?、このあたりからは比較的元気な札埜君が私をサポートして先に
          進み、疲れをまったく感じない嶋谷君が松好君をサポートしてまた、先頭の2人を
          サポートする体制で進むことになった。10メートルほど進んでは1,2分休憩をする。
          ある程度の所で後続を待ち、確認してから前へ進む。延々とこの繰り返しである。
          8合目辺りではもう暗くなって気温も下がって来た。あわてて防寒着を重ね着し8合
          目の山小屋裏で休憩でとるが体力の限界を感じた。
          小屋に通じる40段ほどの岩の階段を松好君
          が最後の力を振り絞り駆け上がって来たのは
          
午後7時55分。5合目を出発してから6時間
          35分消灯ギリギリだった。小屋の計らいで
          消灯を延ばしてもらい、パックにもられた
          カレーライスを食べる。体力限界の中では
          味もわからずただ食べただけのような気が
          する。これも私だけで、みんなは結構美味し
          そうに食べていた。天候は良く空の星はきれ
          いだが疲労のせいか去年のような感動はな
          かった。とにかく、しばらくこれで横になれると
          安堵した。
午後12時05分 富士山5合目手前2キロ地点に着くが、日曜日で
          観光客が多く駐車場までの渋滞が続き、なかなか
          到着できない。12時45分にようやく5合目登山
          口に近い場所に駐車することが出来て登山の身
          支度を整える。夏休み最後の日曜日とあって人と
          車で大混雑。ここまでドライブして帰る人、6合目
          横の稜線を通って宝永火口を見て帰る人、適当
          な地点で引き返し帰る人と色々な登山があるそう
          だが、早朝から頂上を目指し夕刻に下山するタフ
          な日帰り登山の人も多いらしい。
          後日ニュースで知ったのだが、今年の登山者は7月の山開き以降好天候が続いた
          ためか過去最高で、河口湖ルートでは前年よりも20%も多い人出であったらしい。
          そのルートの他に須走、御殿場、富士宮の4つの登山ルートがあるが、我々は富士
          の真南にある富士宮ルートを選んだ。4ルートの中では一番険しいルートだが距離
          的には一番短いというだけの理由だった。
午後 1時20分